こんにちは。法律事務所Zの弁護士の坂下雄思です。
今回のテーマは「M&A取引の類型(スキーム)」についてのお話です。
M&A取引は昨今多く行われていますが、一口にM&A取引と言っても、その内実は様々です。
株式を譲渡することもあれば、事業を譲渡することもありますし、会社分割・合併といった手続が登場することもあります。
どのような類型(スキーム)を採用するかという点は、主に税務メリットをとれるかという観点から検討されることが多いですが、法的な観点からも特有のメリット・デメリットがありますので、その点も理解したうえでスキーム選択を行う必要があります。
この記事では、スキーム選択の法的ポイントについて解説していきます。
例えば、以下のような事例を考えてみましょう。
株式会社Aの主な事業は、機械に使われる部品を製造することです。主な事業は黒字なのですが、過去に別の事業にも手を出したもののうまくいかず、赤字部門になってしまっています。 今回、経営者である私も高齢になって跡継ぎもいないので、会社を売却して引退したいと思っています。どのようにすればよいでしょうか?
代表的なスキーム
M&A取引の代表的なスキームとしては、以下が挙げられます。
(1) 株式譲渡、(2) 第三者割当、(3) 事業譲渡、(4) 会社分割、(5) 合併、(6) 株式交換、(7) 株式移転、(8) 株式交付
以下では、株式譲渡、第三者割当、事業譲渡、会社分割を中心に、これらのスキームの内容とメリット・デメリットを紹介していきます。
株式譲渡
株式譲渡は、株主が保有している株式を譲渡することで、会社の支配権を譲り渡すという取引です。
会社という「ハコ」をそのまま譲渡するので、会社がそれまで持っていた権利関係・契約関係は特に変化なく継続していくことになり、法律関係が複雑化しないというのがメリットです。
また、株式であれば一部の売買か全部の売買かを選択することもできますので、段階的な支配権の譲渡も可能です(但し、そのような取引が当該事案にとって真に適切であるかは個別の検討が必要です。)。
他方で、買手にとっては、会社という「ハコ」が増えることになり、当該会社を別法人として管理する必要がある(管理コストが発生する)という点はデメリットと言えるかもしれません。
また、株式譲渡は、あくまでも株主がその保有株式を譲渡するので、お金は会社に入らず株主に入るという点には注意が必要です。
例えば、全株式の取得を目指しており、株主が1名又は少数に限られていて、全ての株主が取引に同意しているというような場合には、株式譲渡の方法が適切な場合が多いでしょう。
冒頭の事例では、赤字部門も含めて引き取ってくれる買手(譲受側)がいれば、株式譲渡の方法は選択肢に上ると考えられます。
第三者割当
第三者割当は、新株を発行して渡すことにより、株主を迎え入れるという方法です。
この場合、既存の株主の保有している株式数には変更は生じず、新たな株主に株式が渡されることになりますので、既存の株主の株式の保有比率は減少する(希釈化する)ことになります。
第三者割当と既存の株主から株式の一部を譲り受けることの一番の違いは、「会社に資金が注入されること」です。
既存の株主からの株式譲渡は、既存の株主と新株主の間の売買ですので、既存の株主に金銭が渡されますが、第三者割当は、会社が新株を発行するので、会社が資金を受け取れることになります。
例えば、会社が新たな事業に投資することを希望している場合には、第三者割当の方法によって資金調達をするということが適していることもあります(通常は借入との比較になります。)。また、資本業務提携のような形で、他社との連携を進めていくことを希望している場合にも、第三者割当の方法が用いられることが多いと思います。
なお、この場合には、別途株主間契約を締結して、株主間の権利関係等について定めておくことが重要です。株主間契約のポイントについては、別記事で解説を行う予定です。
冒頭の事例では、第三者割当だと現経営者の引退の希望に応えられないので、選択肢から外れると考えられます。
事業譲渡
事業譲渡とは、一定の事業を譲渡するという取引です(会社法467条)。
例えば、冒頭のA社には事業が複数あり、黒字の事業と赤字の事業がありますが、このうち片方の事業だけを切り離して譲渡するというのが、事業譲渡です。
事業譲渡の特徴は、資産・債務・契約等を、個別に移転させるというところにあり、負債や契約といった相手方があるものについては、当該相手方の承諾が必要になります(後述する会社分割では、包括承継となるので、原則として相手方の承諾は必要ありません。)。そのこともあり、会社分割で要求されるような債権者異議手続は必要ありません。
もし、承諾を取得すべき相手方が少ない場合には、会社分割よりも事業譲渡の方が手続が簡便であることもあります。
また、労働者については、譲渡側と譲受側で合意をすることにより人員の選別をすることができると考えられますが、他方で承継したい人員から承諾を得られなければ移籍してもらうことはできません。
会社分割との対比でいえば、取引先が限定されている(数が少ない)ような場合には、債権者異議手続を行うよりも個別の承諾を取得する方が手間がかからないということで、事業譲渡が選択されることも多いです。
なお、事業譲渡で直接第三者に承継させるという方法をとるのではなく、別途会社を設立して当該会社に対して事業譲渡を行った後で、当該会社を株式譲渡の方法により第三者に譲渡するという方法も考えられます。この場合、譲受会社となる新しく設立した会社においては事後設立(会社法467条1項5号)となる可能性があるので、手続面には注意が必要です。
冒頭の事例では、買手(譲受側)の意向も踏まえつつ、黒字部門だけ切り離して事業譲渡を行い、赤字部門については会社清算で処理していくということが考えられます。
会社分割
会社分割は、会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を承継させることをいい、吸収分割(既存の会社に承継させる)と、新設分割(新たに設立する会社に承継させる)とがあります(会社法2条29号、30号)。
事業譲渡とよく似ていますが、会社分割は包括承継(法律上当然に全体として一括して承継)であるという点が大きな違いです。
例えば、事業譲渡では必要とされていた契約・債務の承継のための相手方の個別の承諾について、会社分割では原則として必要ありません。そのため、事業譲渡のように、個別に承諾を取得する手間は発生しないことになります(但し、いわゆるCoC条項が存在する場合には個別の対応が必要になります。)。
他方で、このような効果があることから、債権者異議手続が必要になる点に注意が必要です。債権者異議手続を行うには、1か月半以上かかるのが通常ですので、スケジュール管理に注意しなければなりません(この点、事業譲渡に要する期間は会社分割に比して短いのが一般的です。)。
また、労働者については、労働契約承継法に従った手続が必要になります。基本的に、当該事業に主として従事する労働者については承継することになるので、事業譲渡ほど人員選別の自由はないというところに注意が必要です。
事業譲渡との対比でいえば、取引先が多数に上るような場合には、個別の承諾を得るというのは現実的ではないため、包括承継である会社分割が選択されることが多いです。
なお、吸収分割で直接第三者に承継させるという方法をとるのではなく、新設分割を行った後で、当該新設会社を株式譲渡の方法により第三者に譲渡するという方法も考えられます。
冒頭の事例では、買手(譲受側)の意向も踏まえつつ、黒字部門だけ切り離して会社分割を行い、赤字部門については会社清算で処理していくということが考えられます。
合併
合併には、吸収合併と新設合併の二つがありますが、新設合併はあまり行われないので、吸収合併について説明します。
吸収合併は、2つ以上の会社が契約を締結して行うもので、片方の会社がもう片方の会社に吸収されるというものです(会社法2条27号)。
合併は、グループ再編を行う際によく利用されます。例えば、増えすぎた子会社の数を減らすために利用されることもありますし、株式譲渡で取得した子会社を別の会社と吸収合併させて事業の統合を図っていくということもあります。
合併を行うにあたっては、債権者異議手続が必要になる等、スケジュールに注意しながら進めていく必要があります。
冒頭の事例では、合併という選択肢は直ちには取りにくいと考えられます。
株式交換、株式移転、株式交付
株式交換は、既存の株式会社(A社)がその発行済株式の全部を他の株式会社(B社)に取得させ、A社の株主に対してB社から金銭等を交付させる会社の行為です(会社法2条31号)。
例えば、株主が複数存在しており、全ての株主の合意を得ることが難しい場合に、合意を得られない株主をキャッシュアウトすることができる点でメリットがありますが、株式譲渡に比べると時間がかかる点がデメリットといえます。
株式移転は、1又は2以上の株式会社がその発行済株式の全部を新たに設立する株式会社に取得させる会社の行為です(会社法2条32号)。
例えば、持株会社(ホールディングス)を作るときに利用することができます。
株式交付は、株式会社が自らの株式を対価として既存の他の会社を子会社とする親子会社関係を作り出すための会社の行為です(会社法2条32号の2)。
例えば、対価として親会社株式を利用すれば、現金による支払いを抑えることができるという点がメリットとして挙げられますが、既存の他の会社の株主(譲渡人)から個別の同意を得る必要がある点、また、株式譲渡に比べると時間がかかる点がデメリットといえます。
まとめ
以上のとおり、冒頭の事例については、買手(譲受側)の希望も踏まえながら検討することで、適したスキーム・適さないスキームがあります。
M&A取引は売手・買手の双方が合意しなければ通常成立しないものですので、互いのニーズを把握して議論を行うことが重要です。
M&A取引対応を弁護士に依頼するメリット
M&A取引は、大きな決断です。
これで正しいのだろうか、本当に適切な相手なのだろうかと、いろいろと気を揉むことも多いでしょう。
弁護士は、M&A取引に必要な契約・手続の法的サポートを行うことはもちろんのこと、様々な事例を通じて得た経験を踏まえ幅広い相談に応じることも可能です。
M&A取引に向けた準備・スキーム検討を進めていきたいが、どのようにしてよいかわからないという場合のご相談にも対応可能です。
法律事務所Zでは、M&A取引を望むオーナー様や、M&A取引の買手(譲受側)様からのご相談に対応してきた経験を踏まえて、契約・手続のサポートはもちろん、M&A取引のスキーム検討についてもアドバイスを行うことが可能です。
M&A取引にご関心があれば、ぜひ一度、法律事務所Zにお問い合わせください。
 | この記事の執筆者:坂下雄思 アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所後、野村綜合法律事務所への移籍、UCLA LLM修了、ニューヨーク州司法試験合格を経て、法律事務所Zに参画。同時に、自身の地元である金沢オフィスの所長に就任。労働事件では企業側を担当。 |