
こんにちは。法律事務所Zの弁護士の坂下雄思です。
この記事では、建設業の方を対象に、建設業の特徴や、建設業において発生しやすい法的トラブルを解説いたします。
建設業の運営で最も大きな問題は労務問題です。作業員の人手不足が深刻化する一方、人件費を価格に転嫁することが難しい情勢が続いており、作業員ひとりひとりの負担が大きくなり、必然的にその労働時間も長くなりがちです。こういった事態に対応するため、建設業を営む多くの企業で固定残業代制が採用されていますが、固定残業代制は適正に運用を行われない場合、無効と判断され、残業時間全体に対する支払いが追加で生じるおそれがあるほか、固定残業代とされていた金額が基本給に組み入れられて未払残業代が算出されてしまいます。会社の固定残業代が無効であるとされ、全従業員が支払いを請求してきた場合、会社の存亡にかかわる問題に発展します。また、2024年4月からは、いわゆる「2024年問題」によって残業時間の上限が設定されます。
労働問題以外にも元請と下請け・協力業者間の契約書を適切に作成することも必要です。建設業界では契約書を作成せずに取引を行う例が見られますが、当事者間のトラブルのもとになるだけでなく、契約書の不作成は建設業法に違反します。また、この契約書は法令に定められた事項を記載しなければなりません。
また、建設業法では、交渉力の弱い下請業者を保護するため、元請業者と下請業者の取引に関連して、下請業者を著しく害する取り扱いを禁止しており、知らないうちにこういった決まりに違反しないように留意することも重要です。
建設業経営者の方が経営に専念し、また、従業員の皆さんが業務に専念するためには、労務管理体制を適切に構築することと、取引先との関係を適正化することが特に必要になると考えられます。
この記事では、労務管理体制について解説し、また、取引先との関係適正化の仕方について解説していきます。
目次
労務管理体制を構築するポイントは?
労務管理というのは、一般に、採用、勤怠管理、退職、解雇等、従業員の労働に関する事項を管理する業務を広く指すものと考えられています。
従業員は、言うまでもなく、経営に非常に重要な要素であり、従業員なくして円滑な事業の運営は成り立ちません。
しかし、多くの経営者にとって、従業員に関連する問題(労務問題)が悩みの種になっているというのもまた事実です。
経営者としては、どのようにして労務管理体制を構築・整備していくのが良いのでしょうか。ここでは、(1)採用、(2)残業代(固定残業代制含む)、(3)退職・解雇という重要なポイントに絞って解説します。
採用の際の手続をしっかりと行うこと
まず、従業員を採用するということは、従業員との間で労働契約を締結するということになります。
そして、労働契約を締結するにあたっては、従業員に対して労働条件を明示する義務が課されており、違反した場合には罰則が定められています。
明示すべき労働条件として、具体的には、労働契約の期間、就業の場所及び従事すべき業務、労働時間、賃金などが定められています。
実務的には、労働条件通知書というもので明示をする場合もあれば、雇用契約書にこれらの事項を記載することで明示をする場合もあります。
そのため、労働条件通知書又は雇用契約書のひな形を準備しておき、それを利用するという体制を整えておくことが、円滑な採用活動のためには重要になります。
有効な固定残業代制度を確立すること・残業代の未払がないようにすること
残業代をしっかり支払っていないと、あとで従業員から残業代の請求を受けてしまいます。
厚生労働省による公表によれば、令和4年に全国の労働基準監督署で取り扱った賃金不払事案の件数、対象労働者数及び金額は以下のとおりです。
(1)件数:20,531件
(2)対象労働者数:179,643人
(3)金額:121億2,316万円
1事案における最大支払金額は2.7億円とされ、また、100万円以上の支払いについて指導した事業場数は1,335件に上り、相応のインパクトを受けた企業も多かったことがうかがわれます。決して、「自分には関係のないこと」ではないのです。
なお、残業代の消滅時効は、先般の民法改正により当面の間は3年間となりましたが、この3年間という取扱いは、本来は5年間とするはずのところを一時的に3年間としているものですので、将来的には5年間になっていくことが予定されているといえます。
そのため、今後、残業代請求によるインパクトは増大していくことが想定され、看過することができない問題であるといえます。
それでは、残業代の未払がないようにするにはどのように対応すればよいのでしょうか。
必要となる対応は、①適切な労働時間の把握と、②それに対する残業代の支払いを行うことです。
適切な労働時間の把握
まず、①適切な労働時間の把握について、労働時間をベースに残業代の計算が行われますので、その把握が重要であることはご理解いただけると思います。
そして、労働時間を把握するにあたっては、厚生労働省が出している「労働時間の適切な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を踏まえた対応を行う必要があります。その中では、使用者が始業・終業時刻を確認し記録する原則的な方法として、(1) 使用者が、自ら現認することにより確認し、適正に記録すること、(2) タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録することが挙げられています。現場で業務を行う作業員が多い建設業の場合、労働時間を管理できるスマホアプリ等で代替することが考えられます。
残業代の支払いは、労働時間の適切な把握の上に成り立つものですので、この点をおろそかにしてはなりません。特に、「2024年問題」として取り上げられている2024年4月1日以降の時間外労働に関する360時間/年(特別条項が適用される場合は720時間/年)の上限規制には注意が必要です。当該規制に違反した場合、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金を受ける可能性があります。違反した場合、社会的な関心の高まりを受け、従業員や関係者から通報がなされる頻度が増加することが見込まれ、また労働基準監督署もそれを受けたアクションを起こしやすくなるものと思われるため、確実に順守することが会社の適正な運営のためには欠かせません。
労働時間に対する残業代の支払い
次に、②労働時間に対する残業代の支払いについては、把握した労働時間に基づき、原則としては1分単位で残業代を支給する必要があります(例外的に、1カ月における時間外労働、休日労働及び深夜労働の各々の時間数の合計に1時間未満の端数がある場合に、30分未満の端数を切り捨て、それ以上を1時間に切り上げることは認められています。)。
毎日の残業時間で切り捨てを行うことはできませんので、「少しだから大丈夫だろう」と考えてはなりません。
また、固定残業代制度を正しく理解することが重要です。まず、固定残業代制度に、残業代を減らす効果はありません。しばしば勘違いされるのですが、固定残業代は、一定の分量の残業代を、残業の有無にかかわらず支払うという制度であって、固定残業代を上回る残業代が生じた場合は支払いが必要ですので、注意してください。
次に、固定残業代が有効になるには、①明確区分性と②差額の支払いの合意が必要です。①明確区分性とは、時間外労働に対する固定残業代と、通常の労働時間に対する賃金とが、明確に区分できることが必要であるということを意味します。「固定残業代を含む」という記載だけでは明確分性は認められません。②差額の支払いの合意というのは、固定残業代を超える残業代が発生するときには、その差額を支払うという合意が必要であるということを意味します。どういったケースで差額の支払いの合意が認められるかというのは、裁判例でも判断が分かれているところですので、専門家への相談をお勧めします。
退職・解雇の手続をしっかりと行うこと
従業員にはできる限り長く働いてもらいたいものですが、職場が合わず他の就業場所を探して退職するという方や、逆にこの方には辞めてもらわないと困るという方も出てきます。
自主的な退職であれば気にすることは多くはありませんが(退職に伴って必要な手続を社会保険労務士の先生とご相談しながら進めていけば足りることが多いです。)、「退職していただきたい」場合には非常に慎重に手続きを進めていく必要があります。
退職していただきたい方がいる場合、方法としては、①退職勧奨を行うという方法と、②解雇を行うという方法が考えられます。
退職勧奨
退職勧奨とは、従業員の辞職又は合意解約の申込み若しくは承諾を促すことをいい、あくまでも任意の退職をお願いするということです。そのため、従業員がこれに応じなければ、強制的に退職させることはできません。従業員は任意の判断で(真意に基づき)退職することを決断する必要があり、これがなければ退職は無効になります。書面で合意ができても「真意に基づいていない」と判断されることもあり、裁判例を踏まえた慎重な手続きが必要です。
解雇
次に、解雇とは、使用者が強制的に従業員との労働契約を終了することをいいます。使用者が一方的に労働契約を終了させられるので、非常に厳格な要件を満たすことが必要になります。具体的には、①(懲戒)解雇事由があること(例えば、無断の遅刻・欠勤を繰り返す、パワハラ・セクハラをする、横領をしたなど)と、②解雇に客観的合理的理由・社会的相当性があること(解雇されても仕方ないというような事情)が必要とされています。
そして、解雇の処分を行うと、従業員は職を失うことになりますので、訴訟を起こしてくる可能性が高いです。訴訟を起こさせないようにする、あるいは訴訟が起こってしまった場合に裁判を有利に進める材料を準備しておくという観点からは、上記の①解雇事由と、②客観的合理的理由・社会的相当性を裏付ける証拠を集めておく必要があります。例えば、パワハラ・セクハラをするということであれば、パワハラ・セクハラを示す証拠(LINEのやり取り、被害者の陳述書など)を元に、加害者に聞き取りを行い(録音しヒアリングメモを作成する)、それについて注意を行ったことを示す書面(警告書など)を交付しておくことが必要になります。
もし解雇したい従業員がいるという場合であっても、安易に解雇を行うのではなく、まずは弁護士に相談して、どのような手順で、どのように証拠を収集して進めていくのが良いかというところを相談することが非常に重要です。紛争に至った場合まで一気通貫にお願いできることから、早い段階から弁護士に相談しておくとスムーズです。
請負契約の必要性
元請・下請業者の間で詳細な請負契約書が締結されないまま、業務が遂行される例がしばしば見られます。しかし、契約書の不作成は、これを義務付ける建設業法に違反するうえ、他の業種と同様、具体的な取り決めのない常務の遂行はトラブルのもとになります。特に、建設業の場合は、工事の内容(工程表の作成)、現場代理人や主任技術者の取扱、建材の選定や支給に関する事項、設計図書不適合時の対応、工期の延長、各種費用の負担や原価高騰時の対応、付保の内容、免責事由、損害賠償額の制限等、定めておくべき事項が他業種よりも多岐にわたる傾向にあります。こういった問題を回避するためには建設工事標準下請契約約款等を参照しながら、契約書の作成が不可欠です。
元請⇔下請間の関係の適正化
建設業界では、元請の交渉力が強い事例がよくみられます。その結果として、元請から過度な要求をされ、断り切れないまま下請が不当な負担を強いられ、経営状態を悪化させてしまうケースがあります。しかし、下請業者に過度な負担を強いる取引方法は下請法や建設業法で禁止されており、また、当該取引方法が不公正な取引方法に該当する場合には、独占禁止法にも違反することになります。国土交通省は、「建設業法令遵守ガイドライン」において違反となる事例を紹介しており、公正取引委員会も建設業の下請取引における不公正な取引方法の認定基準を公表し、具体的基準を定めています。建設業を営まれている会社においては、自身がこれらに違反しないように留意するとともに、自己が不当な要求をうけた際は、顧問弁護士と協議し、元請と交渉するほか、国土交通省・公正取引委員会への相談も視野に入れて対応方針を検討されることをおすすめします。
顧問契約を締結するメリット
日々発生する様々な法的問題に頭を悩ませていて、経営に集中できなくなってしまうのは望ましくありません。
法的な問題は専門家である弁護士に依頼して、自身は本業である経営・業務に専念するというのがあるべき姿であると考えます。
そして、顧問契約を締結すれば、継続的な相談が可能になりますし、貴社の内情を踏まえたうえでのアドバイスが可能になります。単発・スポットの依頼であればお断りしなければならないようなご相談であっても、顧問契約があれば対応が可能な場合も多くあります。緊急時も、顧問弁護士であればすぐに相談が可能ですし、普通なら弁護士にわざわざ相談するほどでないことも、電話一本で解決することもあります。
法律事務所Zには、多くの企業法務案件を扱ってきた弁護士が所属しており、豊富な経験を踏まえた実際的な対応を経営者の皆様に寄り添って考えることができます。
法的なアドバイスに留まらない、「参謀」として戦略的なアドバイスを行うことも可能です。
顧問弁護士をお探しであれば、ぜひ一度、法律事務所Zにお問い合わせください。
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![]() | この記事の執筆者:坂下雄思 アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所後、野村綜合法律事務所への移籍、UCLA LLM修了、ニューヨーク州司法試験合格を経て、法律事務所Zに参画。同時に、自身の地元である金沢オフィスの所長に就任。労働事件では企業側を担当。 |