
こんにちは。法律事務所Zの弁護士の坂下雄思です。
この記事では、不動産業の方を対象に、不動産業の特徴や、不動産業において発生しやすい法的トラブルを解説いたします。
不動産の運営には、正社員に加え、業務委託の営業スタッフなど、形態の全く異なる働き方の従業員が従事しており、その役割もそれぞれ異なることから、トラブルの際の法的問題点もそれぞれ異なります。常日頃からトラブルを防止するような勤務形態を設計するとともに、トラブルが起きてしまった際は迅速な対応が求められます。
不動産業には特有の問題も数多く存在します。建物明渡請求、施工不備や契約不適合の追及、売買のトラブルなど数多くの類型が存在しますが、入居者、ビルのオーナー、不動産の買主や売主、管理業者など数多くのステークホルダーが存在するため関係が複雑であるほか、業法上の問題に加え実務慣行を熟知していないと、紛争の本質が理解できないことも多く、適切な対処には経験が必要です。
また、どれほど気を付けていても、お客様からのクレームを受けることもあるでしょう。お客様の言い分が不当なものであれば毅然とした対応を採る必要がありますが、時にはお客様に寄り添う必要がある事案もあります。
さらに、昨今は、SNSを通じて貴社や従業員への誹謗中傷が行われるケースがしばしば見られますが、誹謗中傷が書かれたプラットフォームごとに最適な対応は異なります。
不動産業経営者の方が経営に専念し、また、従業員の皆さんが業務に専念するためには、労務管理体制を適切に構築することと、不動産特有のトラブルに適切に対処できる体制を整えること、お客様とのトラブルに適切に対応すること、誹謗中傷には毅然とした態度で対応するということが特に必要になると考えられます。
この記事では、不動産業経営に必要な労務管理体制について解説し、また、関係者とのよくあるトラブルや、SNSでの誹謗中傷への対応の仕方について解説していきます。
目次
労務管理体制を構築するポイントは?
労務管理というのは、一般に、採用、勤怠管理、退職、解雇等、従業員の労働に関する事項を管理する業務を広く指すものと考えられています。
従業員は、言うまでもなく、経営に非常に重要な要素であり、従業員なくして円滑な事業の運営は成り立ちません。
しかし、多くの経営者にとって、従業員に関連する問題(労務問題)が悩みの種になっているというのもまた事実です。
経営者としては、どのようにして労務管理体制を構築・整備していくのが良いのでしょうか。ここでは、(1)採用、(2)労働時間、(3)残業代、(4)退職・解雇という重要なポイントに絞って解説します。
採用の際の手続をしっかりと行うこと
まず、従業員を採用するということは、従業員との間で労働契約を締結するということになります。
そして、労働契約を締結するにあたっては、従業員に対して労働条件を明示する義務が課されており、違反した場合には罰則が定められています。
明示すべき労働条件として、具体的には、労働契約の期間、就業の場所及び従事すべき業務、労働時間、賃金などが定められています。
実務的には、労働条件通知書というもので明示をする場合もあれば、雇用契約書にこれらの事項を記載することで明示をする場合もあります。
そのため、労働条件通知書又は雇用契約書のひな形を準備しておき、それを利用するという体制を整えておくことが、円滑な採用活動のためには重要になります。
労働条件の内、特に労働時間をしっかりと定めること
労働条件通知書や雇用契約書を準備する上では、労働条件を定めることが必須です。
労働条件の内、特に問題となりやすいのは、賃金と労働時間です。賃金については金額面で問題になることが多いので、ここでは労働時間に絞って解説をします。
まず、所定労働時間は、一般的に就業規則で定めることになりますので、その所定労働時間を労働条件通知書や雇用契約書に記載することになります。もっとも、各個人によって所定労働時間が異なることはよくありますので、その人の所定労働時間を決めて、労働条件通知書や雇用契約書に記載する必要があります。
それでは、就業規則で定める所定労働時間というのは、どのように決めればよいのでしょうか。
ここでは、その業態により、様々な仕組みが考えられるところですので、いくつか例を挙げながら説明します。
本部社員(正社員)の場合
オフィスワークや現場視察が中心ですので一般的な企業と同様の始業・終業時刻が設定されるのが一般的です。例えば、9時00分から18時00分(12時~13時は昼休み)と設定することが考えられますし、店舗スタッフであれば、開店時間が9時00分から17時00分であれば、8時30分から17時30分まで(休憩時間は1時間)と設定することが考えられます。
業務委託の場合
営業員については、あえて雇用の形態をとらず、業務委託によって業務を依頼することがあります。しかし、契約書上は業務委託とされていても、営業員が争った場合、その業務の実態から雇用関係が成立すると判断されてしまうことがあります。つまり、業務委託の形式をとっていても、使用従属性が認められると雇用関係が認められてしまうことがあるのです。労働基準法研究会報告(労働基準法の「労働者」の判断基準について)によれば、勤務形態との関係では、勤務時間及び勤務場所が拘束されているかが使用従属性の判断基準の一つとなり、この使用従属性の判断が困難な場合は、専属性の程度も補強要素として加味されます。つまり、業務委託の営業員の業務提供の時間や場所を正社員と同程度に強く拘束し、また、貴社以外の業務ができないような状態の場合は、労働者性が認められてしまう場合があるので、業務委託の営業員には労働時間等について一定の裁量や労働時間の余裕を持たせておく必要があります。
残業代の未払がないようにすること
残業代をしっかり支払っていないと、あとで従業員から残業代の請求を受けてしまいます。
厚生労働省による公表によれば、令和4年に全国の労働基準監督署で取り扱った賃金不払事案の件数、対象労働者数及び金額は以下のとおりです。
(1)件数:20,531件
(2)対象労働者数:179,643人
(3)金額:121億2,316万円
1事案における最大支払金額は2.7億円とされ、また、100万円以上の支払いについて指導した事業場数は1,335件に上り、相応のインパクトを受けた企業も多かったことがうかがわれます。決して、「自分には関係のないこと」ではないのです。
なお、残業代の消滅時効は、先般の民法改正により当面の間は3年間となりましたが、この3年間という取扱いは、本来は5年間とするはずのところを一時的に3年間としているものですので、将来的には5年間になっていくことが予定されているといえます。
そのため、今後、残業代請求によるインパクトは増大していくことが想定され、看過することができない問題であるといえます。
それでは、残業代の未払がないようにするにはどのように対応すればよいのでしょうか。
必要となる対応は、①適切な労働時間の把握と、②それに対する残業代の支払いを行うことです。
適切な労働時間の把握
まず、①適切な労働時間の把握について、労働時間をベースに残業代の計算が行われますので、その把握が重要であることはご理解いただけると思います。
そして、労働時間を把握するにあたっては、厚生労働省が出している「労働時間の適切な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を踏まえた対応を行う必要があります。その中では、使用者が始業・終業時刻を確認し記録する原則的な方法として、(1) 使用者が、自ら現認することにより確認し、適正に記録すること、(2) タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録することが挙げられています。
残業代の支払いは、労働時間の適切な把握の上に成り立つものですので、この点をおろそかにしてはなりません。
労働時間に対する残業代の支払い
次に、②労働時間に対する残業代の支払いについては、把握した労働時間に基づき、原則としては1分単位で残業代を支給する必要があります(例外的に、1カ月における時間外労働、休日労働及び深夜労働の各々の時間数の合計に1時間未満の端数がある場合に、30分未満の端数を切り捨て、それ以上を1時間に切り上げることは認められています。)。
毎日の残業時間で切り捨てを行うことはできませんので、「少しだから大丈夫だろう」と考えてはなりません。
退職・解雇の手続をしっかりと行うこと
従業員にはできる限り長く働いてもらいたいものですが、職場が合わず他の就業場所を探して退職するという方や、逆にこの方には辞めてもらわないと困るという方も出てきます。
自主的な退職であれば気にすることは多くはありませんが(退職に伴って必要な手続を社会保険労務士の先生とご相談しながら進めていけば足りることが多いです。)、「退職していただきたい」場合には非常に慎重に手続きを進めていく必要があります。
退職していただきたい方がいる場合、方法としては、①退職勧奨を行うという方法と、②解雇を行うという方法が考えられます。
退職勧奨
退職勧奨とは、従業員の辞職又は合意解約の申込み若しくは承諾を促すことをいい、あくまでも任意の退職をお願いするということです。そのため、従業員がこれに応じなければ、強制的に退職させることはできません。従業員は任意の判断で(真意に基づき)退職することを決断する必要があり、これがなければ退職は無効になります。書面で合意ができても「真意に基づいていない」と判断されることもあり、裁判例を踏まえた慎重な手続きが必要です。
解雇
次に、解雇とは、使用者が強制的に従業員との労働契約を終了することをいいます。使用者が一方的に労働契約を終了させられるので、非常に厳格な要件を満たすことが必要になります。具体的には、①(懲戒)解雇事由があること(例えば、無断の遅刻・欠勤を繰り返す、パワハラ・セクハラをする、横領をしたなど)と、②解雇に客観的合理的理由・社会的相当性があること(解雇されても仕方ないというような事情)が必要とされています。
そして、解雇の処分を行うと、従業員は職を失うことになりますので、訴訟を起こしてくる可能性が高いです。訴訟を起こさせないようにする、あるいは訴訟が起こってしまった場合に裁判を有利に進める材料を準備しておくという観点からは、上記の①解雇事由と、②客観的合理的理由・社会的相当性を裏付ける証拠を集めておく必要があります。例えば、パワハラ・セクハラをするということであれば、パワハラ・セクハラを示す証拠(LINEのやり取り、被害者の陳述書など)を元に、加害者に聞き取りを行い(録音しヒアリングメモを作成する)、それについて注意を行ったことを示す書面(警告書など)を交付しておくことが必要になります。
もし解雇したい従業員がいるという場合であっても、安易に解雇を行うのではなく、まずは弁護士に相談して、どのような手順で、どのように証拠を収集して進めていくのが良いかというところを相談することが非常に重要です。紛争に至った場合まで一気通貫にお願いできることから、早い段階から弁護士に相談しておくとスムーズです。
不動産業特有の法律トラブル
不動産業には特有の法律問題が数多く存在します。家賃の不払いを原因とする建物明渡請求のようなシンプルなものもあれば、施工不良・土壌汚染・地盤沈下を原因とした売買のトラブルのような場合には、その立証方法や裁判例の把握などが極めて重要であることから、専門的な知見と経験が求められます。
また、宅建業のような業法に基づく対応も重要です。越境、土壌汚染、境界等に問題がある場合、重要事項説明書に不足なく記載が必要です。さらに、営業担当者が売上を重視するあまり、規制に違反するような方法で不動産売買の営業活動を行うケースもありますので、普段からコンプライアンスの研修等の啓もうが必要なほか、監視体制をどのように作り上げるかを弁護士と協議しながら設計することも考えられます。
顧客対応のポイントは?
顧客からクレームが寄せられて対応が必要になることも多々あるでしょう。
しかし、そもそも顧客が何を要求しているのかわからない、また、不当な要求であるため応じられないということがあると思います。
そのような状況の中で顧客とやり取りをしても、顧客からすれば自分の要求が受け入れられずよりフラストレーションがたまりますし、会社としても応じられないということを伝えることしかできず、対応に窮することになります。
そのため、このような場合には、まずは顧客の要求をしっかりと確認したうえで、その背景事情についての事実確認を十分に行う必要があります。
事実確認を行うにあたっては、担当者や関係者へのヒアリングが必要になることもありますし、複雑な場合には時系列で整理することが有益であると考えられます。また、ヒアリングの内容は書面(ヒアリングメモ)として残しておくようにすることで後々証拠として利用することも可能になります。
そして、確認・整理をした事実関係を踏まえて、顧客の要求を法的に整理し、法律・契約上の根拠を欠く不当なものである場合には、毅然とした態度でそのことを伝えることが有益です。
法律・契約の範囲外であることを明確にすることで、そのような要求には応じられないとして、要求を断ることができるのです。
SNS対応のポイントは?
顧客が取引内容に不満を覚え、SNSにクレームが寄せられて対応が必要になることもあるでしょう。また、同業者や愉快犯がSNSに悪評をあえて書き立てるということもあります。
昨今はSNSでの評判が集客に直結しますので、不当な誹謗中傷については、そのような書き込みをどう削除するか、繰り返し書き込ませないかが重要になります。
投稿の削除については、①書き込んだ相手側への警告、②プラットフォーマーへの通報、③裁判所における削除請求といった方法が考えられますが、いずれもメリット・デメリットが異なりますので、適切な手法を選択することが重要です。また、一度投稿を削除させても、また同じ投稿をされては意味がありませんので、どのように再発防止を図るかが重要になりますが、削除に至った経緯や手持ちの情報、書き込まれたプラットフォームによって効果的な手段が異なりますので、これも個別の検討が必要になります。
顧問契約を締結するメリット
日々発生する様々な法的問題に頭を悩ませていて、経営に集中できなくなってしまうのは望ましくありません。
法的な問題は専門家である弁護士に依頼して、自身は本業である経営・業務に専念するというのがあるべき姿であると考えます。
そして、顧問契約を締結すれば、継続的な相談が可能になりますし、貴社の内情を踏まえたうえでのアドバイスが可能になります。単発・スポットの依頼であればお断りしなければならないようなご相談であっても、顧問契約があれば対応が可能な場合も多くあります。緊急時も、顧問弁護士であればすぐに相談が可能ですし、普通なら弁護士にわざわざ相談するほどでないことも、電話一本で解決することもあります。
法律事務所Zには、多くの企業法務案件を扱ってきた弁護士が所属しており、豊富な経験を踏まえた実際的な対応を経営者の皆様に寄り添って考えることができます。
法的なアドバイスに留まらない、「参謀」として戦略的なアドバイスを行うことも可能です。
顧問弁護士をお探しであれば、ぜひ一度、法律事務所Zにお問い合わせください。
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![]() | この記事の執筆者:坂下雄思 アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所後、野村綜合法律事務所への移籍、UCLA LLM修了、ニューヨーク州司法試験合格を経て、法律事務所Zに参画。同時に、自身の地元である金沢オフィスの所長に就任。労働事件では企業側を担当。 |