「後継者もいないし、そろそろ会社を大手に売却してハッピーリタイアしよう」
北陸で事業を営む経営者も含め、こうしたM&A(会社売却)を選択する方がここ数年で急増しています。
信頼できるM&A仲介会社の手によって素晴らしい買手企業とマッチングし、従業員の雇用も守られ、手元には数千万円の売却益が残る――。一見、完璧なハッピーエンドに思えます。
しかし、M&Aの世界には、「契約書にサインして、お金が振り込まれた“後”に始まるトラブル」があることをご存知でしょうか。
今回は、会社売却を実行し、売却後のトラブルに遭遇した、ある地方の売手社長のストーリー(フィクション)をベースに、会社売却に潜むリーガルリスクと、その防衛策をお伝えします。
ハッピーリタイアから一転、手元に届いた「1000万円の請求書」
A市内で製造業を営んでいたB社長(65歳)は、M&A専門家のサポートのもと、大手企業への株式譲渡(M&A)を無事に成立させました。売却額は「1億円」。
元社長のBさんは「これでようやく肩の荷が下りた。これからは夫婦でゆっくり旅行でもしよう」と、第二の人生を満喫し始めていました。
ところが、売却からわずか半年後。
元社長であるBさんの自宅に、買手企業の代理人弁護士から、1通の重々しい書面が届いたのです。
そこに書かれていたのは、耳を疑うような要求でした。
「売却を受けた会社の実情を精査したところ、過去の未払残業代等、発見されていなかった『隠れ負債』が存在した。これは表明保証違反にあたるため、補償として1000万円を支払ってください。」
Bさんは頭が真っ白になりました。「もう会社は俺のものではないし、終わった話なのに、なぜ今さら1000万円も払わなきゃいけないんだ!?」
焦ったBさんは、当時お世話になったM&A仲介会社に相談しました。しかし、仲介会社からはこのように説明を受けました。
「大変申し訳ありません。私たちは『売手様と買手様を公平に繋ぐ仲介』という中立の立場であるため、どちらか一方に偏った法的な紛争(裁判や交渉)に、代理人として介入することはできないのです……」
Bさんは初めて、「仲介会社はマッチングのプロであって、トラブル時に自分の『片腕』になって戦ってくれる弁護士ではない」という現実に気づき、夜も眠れないほどの不安に襲われました。
売手社長を縛り付ける「表明保証条項」
なぜ、会社を売却した後に、こんな請求を受けてしまうのでしょうか? 原因は、M&Aの最終契約書にほぼ必ず入っている「表明保証(ひょうめいほしょう)条項」という約束事にあります。
表明保証とは、例えば「私の会社には、決算書に載っていない隠れた債務や、従業員との労働トラブルなどは一切ありませんと、買手に対して約束すること」です。
B社長の場合も、決して悪気はありませんでした。しかし、過去のタイムカードの管理が少し甘く、買手企業が買収後に精査したところ、過去に遡って未払残業代のリスクが浮き彫りになってしまったのです。
買手企業には、社内弁護士・法務部や大手法律事務所がバックについていることが多いです。契約書の文言を盾に、売却後の元社長へ容赦なく責任を追及してくる可能性があります。
反論のポイントは?どうすればよかった?
実際に締結した契約書の内容次第ですが、考えられる反論のポイントは次のとおりです。
- 買手企業はデュー・ディリジェンスをしていて、隠れた債務や未払残業代の存在を認識していたから、売手の元社長は責任を負わない。
- 売手の元社長は、意図的に隠ぺいしたのではない。隠れた債務や未払残業代の存在を認識していなかった。
- 譲渡時までの未払残業代は仕方ないかもしれないが、譲渡後の未払残業代は損害に含まれない。
しかし、本当のことを言えば、契約書を締結する前に、リスクがないかをしっかり確認して、このような請求がなされることを防ぐことが望ましかったのです。
「売手専属の弁護士」が歓迎される理由
この事例はフィクションですが、ありがちな事例だと思います。
そして、この事例は、決して「仲介会社が頼りにならなかった」という話ではありません。むしろ逆です。
M&A仲介会社は、素晴らしい買手企業を見つけ出し、複雑な条件をまとめ上げる「最高のビジネスパートナー」です。
しかし、仲介会社は「売手と買手の間に立つ中立の存在」でなければなりません。だからこそ、契約書の細かい文言において、「売手社長の個人の利益だけ」を100%徹底的に守るような偏った交渉をすることは、彼らの立場上、限界があるのです。
買手企業には、優秀な社内弁護士・法務部や東京の大手法律事務所がバックについていることが多いです。
だからこそ、M&A仲介会社としても、「売手側にも専属の弁護士がついて、法的なディフェンス(リスクの洗い出しや表明保証の範囲の調整)をしっかりやってくれた方が、売却後のトラブルが防げるため、安心してマッチングできる」と考えていると思います。
M&Aを大成功(ハッピーエンド)で終わらせるためには、やり取りを円滑に進める「仲介会社」と、あなたの盾となる「専属弁護士」の両輪が必要不可欠なのです。
当事務所からのメッセージ
法律事務所Z 金沢オフィスには、四大法律事務所出身でM&Aに精通した弁護士が在籍しています。東京水準の高度なM&A法務を、地元の経営者様の目線とスピーディーな対応でご提供いたします。
「仲介会社から提示されている契約書について、売手側の立場で確認して欲しい」「売却後のリスクを最小限に抑えたい」という北陸の経営者様。当事務所では、仲介会社様とも円滑に連携しながら、社長個人の権利を守るサポート体制を整えています。
手遅れになる前に、ぜひ一度、当事務所までお気軽にお問い合わせください。
 | この記事の執筆者:坂下雄思 アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所後、野村綜合法律事務所への移籍、UCLA LLM修了、ニューヨーク州司法試験合格を経て、法律事務所Zに参画。同時に、自身の地元である金沢オフィスの所長に就任。労働事件では企業側を担当。 |