北陸地域の企業から、よくお聞きする言葉があります。
「うちは基本給とは別に、一律で月5万円の『営業手当』を支給しているから、残業代の不満は出ないはず」
「『みなし残業代』として毎月定額を払っているから、残業代の計算や支給はこれで完結している」
このように、定額の手当を支払うことで残業代を支払ったつもりになっているケースは、北陸の中小企業で広く見られます。
しかし、この「固定残業代(みなし残業代)」を正確に理解していないと、裁判や労働審判において固定残業代制度そのものが「無効」と判断されるリスクがあります。
もし制度が無効とみなされれば、これまで良かれと思って支払っていた手当は単なる「基本給の一部」として扱われ、過去3年間に遡って数百万円の未払残業代を丸ごと二重払いさせられるという最悪の事態に発展しかねません。
今回は、経営者が良かれと思って導入した固定残業代が「リスク」に変わってしまう典型的な2つの原因と、会社を守るための防衛策を解説します。
原因1:割増賃金として支払われているのか判別できない(判別要件の欠如)
固定残業代制度が裁判で「無効」とされる原因の一つが、「基本給(通常の労働時間の賃金)」と「残業代(時間外労働の対価)」がハッキリと区別されていないことです。
判例上、固定残業代が有効と認められるためには、従業員との雇用契約書や就業規則(賃金規程)において、「通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である」と考えられています。
これは、割増賃金として支払われた金額が適切な金額であるか(不足していないか)をチェックするために求められているものと考えられます。
「実際の割増賃金よりも多くの金額を基本給に上乗せして支払っているから問題ない」というわけではなく、例えば「上乗せ部分(○円)が固定残業代として支払われている」という旨が明示されていることが必要になります。
原因2:割増賃金の対価として支払われる旨の合意がない(対価性要件の欠如)
判例上、「上記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要する」とされています。
これは、一定の対価を固定残業代とする旨の合意があるかどうか、という問題と考えられています。
裁判例の傾向からすると、雇用契約や就業規則の内容、従業員に対する説明の内容、従業員の勤務状況等を踏まえて総合的に判断されると考えられます。
雇用契約や就業規則の内容としては、例えば、「固定残業代〇円を、時間外勤務、休日勤務及び深夜勤務の割増賃金の〇時間分として、支払う」というような形で取り決めておくことが考えられます。
落とし穴:固定残業代を支払っていても、設定時間を超えたら追加の支払いが必要
「うちは雇用契約書に『固定残業代〇円を、時間外勤務、休日勤務及び深夜勤務の割増賃金の〇時間分として、支払う』と明記しているから大丈夫」という企業でも、実際の運用で致命的なミスを犯しているケースがあります。
それが「差額の追加支給(精算)」の漏れです。
固定残業代制度は、「どれだけ残業が短くても、約束した定額(例:5万円)を保証して支払う」という点では会社側の裁量が認められます。
しかし、逆に「想定した時間(例:30時間)を超えて残業した月」については、その超えた分の残業代を計算し、追加支給しなければなりません。
「定額を払っているのだから、何時間残業してもこれ以上は払わなくていい」と勘違いしているケースはしばしば見受けられます。
残業時間はしっかりと管理し、不足があれば固定残業代に追加して支払わなければならず、これを怠っていると未払残業代が発生していることになります。
会社にとっての恐怖:ダブルパンチ
固定残業代が「無効」と判断されるということは、固定残業代が割増賃金の支払いではないと判断される、ということです。
つまり、固定残業代は通常の労働時間の賃金として支払われたものとなり、①固定残業代が時間単価の算定基礎に算入されてしまい、さらに、②割増賃金の支払いが全く行われていなかった、ということになります。
これが固定残業代の恐ろしいところです。
固定残業代を支払っていたのに、それはなかったものとして、追加で(しかも固定残業代が時間単価の算定基礎に取り込まれた上で)残業代を計算して支払わなければならなくなるのです。
例えば、「基本給25万円+営業手当5万円=総支給30万円」で毎月支払っていたとします。会社側は「5万円は残業代として払っていた」と主張しますが、残業代として支払われていたのかは分からないとして無効になると、「この社員の基本給は30万円である」として、残業代を計算して支払わなければならなくなるのです。
また、2020年4月から、残業代の請求時効は「3年」に延長されています。3年分の残業代を従業員から請求されると、非常に大きな金額になり、会社の経営が傾くことにもなりかねません。
トラブルが起きる前に「雇用契約書・就業規則」のリーガルチェックを
固定残業代を巡るトラブルの恐ろしい点は、「経営者に悪気がなく、むしろ手当として毎月しっかりお金を払っていたとしても、書面の内容や運用のミスにより会社側の負けになってしまう」という厳しさにあります。
裏を返せば、「雇用契約書・就業規則の文言を正しく修正し、毎月の勤怠管理と差額精算の仕組みを整える」という事前の予防法務さえしておけば、このリスクを小さくすることができるのです。
法律事務所Z 金沢オフィスでは、数多くの企業法務の案件に携わってきた豊富な経験をベースに、北陸の中小企業様の給与体系や雇用契約書、就業規則に潜む「労務リスク」の点検が可能です。
「うちの営業手当や業務手当の出し方、今の裁判所の考えに照らし合わせて大丈夫だろうか?」
「トラブルが起きる前に、一度プロの目で契約書の文言をチェックしてほしい」
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 | この記事の執筆者:坂下雄思 アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所後、野村綜合法律事務所への移籍、UCLA LLM修了、ニューヨーク州司法試験合格を経て、法律事務所Zに参画。同時に、自身の地元である金沢オフィスの所長に就任。労働事件では企業側を担当。 |